本日の話題~新型コロナウイルス関連~
本日の話題~新型コロナウイルス関連~
おはようございます。
今朝のニュースは端から端まで新型コロナばかりですね。
特に最近は菅政権や自民党への風当たりが強くなってきている印象です。
私としては、この新型コロナへの対応は誰しもがそうやすやすと乗り切れる話ではないと考えていますので多少の失策は仕方ないかなぁという気持ちですが、
会食やカラオケなどどう考えてもアウトなものがポロポロ出てくるのはいかがなものかと思います。
これは危機管理や当事者意識の問題なのですよね。
今やマスコミ各社が政権批判に熱心なのは周知の事実であって、
そのネタになりそうなことは地を這ってでもかき集めると思われます。
そういう連中に付け入る隙を与えるような行動をするというのは明らかに不用意なのです。
そして、国の一大事に際してそういった不用意な行動を抑えることができない・・・
これは政党の政権担当能力について疑いをもたれても仕方がないと言えるでしょう。
こういった不用意で軽率な人間は、往々にして「ちょっとくらい大丈夫。」とか、「自分だけは特別。」なんてことを無意識に抱えていたりします。
その無意識というのがやっかいなところで、いざ問題になるまで本当に能天気なんです。
そして見えているはずの地雷原に自ら突っ込んでいくのですよ。
こういうところで危機意識を持てない人間は、ハニートラップに引っかかって機密を漏えいさせたりするのとおそらく同じ部類でしょうから、
それが蔓延っているという現実に多大な懸念を覚えるところです。
自民党はここからかなり気を引き締めてやっていかないと、民の裁きを受けることになるでしょうね。
「君子危うきに近寄らず」とか「李下に冠を正さず」とか、戒める言葉はたくさんあるのですが、
なかなかそれを臨場感を持って受け止めることのできる人は多くありません。
さて、そんななかで目を引いた記事はこちらです。
有料記事ですみません。
下衆な政治記事の中にこういったまともな記事が紛れていると、ついつい取り上げたくなります。
私は、ジャーナリズムの持つ役割としていつも「陽の当たらないところにスポットライトを当てる」ことを挙げていますが、
陽が当たっていたとしてもよくわからないことというのはいくらでもありますよね。
そこでメディアにはスポットライトを当てると同時にやらなければならないことがあります。
まず、状況を報告すること。
いつ、どこで、だれが、なにを、どうしたのか、民衆の前に明らかにします。
次に、それを解説していきます。
何のためにそれが行われ、どういう課題があるのか。賛否のある点はどこか。
最後に将来を展望します。
我々国民はどこに注目すべきなのか。我々の生活や安全にどう関わってくるのか。
これができている記事は読みごたえのある「中身のある」記事だと思います。
特に大事なのは、ひとまず特定の立場に立たずすべてを総合的に記述することですね。
もっと簡単に言えば「賛否」や「メリット・デメリット」のすべてを正直に記載するということです。
下衆な記事と言うのは、意図的に賛否やメリット・デメリットの片割れを隠ぺいして思想や意見を誘導しようとします。
たとえばこんな感じです。
日刊ゲンダイさんですから、ジャーナリズムのカケラもないのは仕方ないですけど。
いい大人がこんな記事書いてニンマリしてると思うと反吐が出ますね。
まあ菅総理がちょっと失言気味なのはわかります。
「直接給付は経済や国民生活への効果が限定的で、より効果の高い政策へ注力している。総合的に判断して最適な政策を考えていきたい。前代未聞の事態で手の行き届かない部分も少なからずあり、国民の皆様にはご心配をおかけしてしまっているが、既存のセーフティネットなどもご活用いただきながら、政府として国民の生活を守ることに全力を尽くして参りたい。」
とかいう発言であればそんなに叩かれなかったのではないかと思います。
でも結局言い方の問題ですよね。
相手の言葉足らずに付け込んで揚げ足を取るのはコミュニケーションをとる気がない人間のすることです。
そんなやつ実際にいたら友達いなくなりますよ。
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」なんて言いますけど、理知的な態度とは思えません。
ただ、反対になにも付け足さない記事というのも味気ないものです。
たとえばこんなのです。
読んだ多くの人が「ふ~ん。」で終わってしまうような簡素さですね。
13万5000人余りの人口に対し会場が3カ所・・・。
足りるのか。足りないのか。
看護師の確保についてどの程度の見込みがあるのか。
医師の数、看護師の数の理想はどのくらいで、現実はいかほどか。
その条件で接種を開始するとどのような問題が想定されるか。
解決の為にできることはあるのか。なにが足枷か。
そういったところまで踏み込まないと、情報を持たない民衆はなんの議論もすることができません。
この話し合いは課題の解決のため、もしくは課題を整理するために行われたものであって、そのなかで何かしら問題や課題の提起はなかったのでしょうか?
まあまずはヘッドラインとして簡素に取り上げて、話題になれば深堀するというやり方でも悪くはないのかもしれませんが・・・。
結局のところ、報道というのは一種の論文でなければならないのです。
問題を提起し、データを並べ、相容れない主張も取り上げつつそれを反駁し、筆者なりの結論を導く。
そして、将来を展望し、次の議論へと繋いでいくのです。
その「相容れない主張を反駁していく」工程が明確に記述されているから論文は論文たり得るのであって、
反対意見を意図的に隠ぺいしたり、ノリと勢いだけで押し切ろうとするものはただの落書きです。
もちろん、論理にとんでもない飛躍があったらそんなものただの紙切れです。
というわけで、今回は記事の内容についての考察ではなく、構成についての考察ということになりました。
はっきり言って今日は考察し甲斐のある記事がなかったのですよね。
おそらく反政権系メディアにとって今は正攻法で攻められるタイミングなのでしょう。
変な疑惑をでっちあげたり、訳のわからない言いがかりをつけたりしなくても政権にダメージを与えられる状況なのです。
自民党にとっては深刻でしょうね。
私は政権交代について否定はしません。
むしろ健全な政権交代があってこそ、民主主義は正しく機能するはずだと思います。
ただ、現在の野党の顔ぶれをみると・・・
はてさて、この国を任せるのに相応しいと言えるかどうか・・・。
お隣の半島ではリベラル革命で成立した政権がボロボロのグダグダで国が破壊されつくしているようですし、
我が国にも民主党時代と言う暗黒期がありますからね・・・
いずれにせよ、健全な政党と言うのは健全な国民からしか生まれません。
与党や野党といって批判しあう前に、まず自分が健全な国民であるかどうか、
自問自答するところから始めましょう。
健全な国民が増えれば増えるほど、健全な民主主義が育つのではないでしょうか。
今日もいくつか挙げましたが、ことわざや故事には含蓄に富んだ言葉がたくさんあります。
「他人のふり見て我がふり直せ」とか「目くそ鼻くそを笑う」なんかもいいですね。
私も気を付けて過ごしたいものです。