本日のいけないニュース~詰め合わせ~
本日のいけないニュース~詰め合わせ~
おはようございます。
いよいよ、菅総理大臣の支持率低迷を鑑みて、マスコミが攻勢をかける展開となっていますね。
まあその”攻勢”というのが低レベルで話にならないってのが常なのですけど。
言うなれば、守りを固める城塞のある一つの門の警備が手薄になったといって、
そのへんの木の棒片手に大勢で押しかけて一気に落そうというようなやり方です。
いくら相手が陣形を崩していても、木の棒ではなかなか武器にならないというか、
自軍有利だからこそ何でどこからどう攻めるかきっちり戦略を持って攻めないといけません。
結局はメディアは統率のとれない烏合の衆ですから、我先にと武器にならない武器を振りかざして突撃してしまうのですね。
これでは本丸は落とせませんよ。
それを見た周辺住民(国民)が加勢に入ってくれて大きなムーブメントとなればわかりませんが・・・さてどうなりますか。
その代表例がこれです。
文春砲とは笑わせる。
今回はきちんと砲を用意せず木の棒で勇み足のようですね。
簡単に言えば、接待をした東北新社が「利害関係者」であるか、という問題なのです。
で、東北新社、役人側ともにそういった認識がなかったと言っています。
そして仮に利害関係者だとして、問題になるのは「無届」と「接待」ですね。
これは誰の問題かと言うと役人の法律違反です。
そして、菅総理の息子とやらは違法接待に同席していたかもしれませんが、
それは菅総理の息子個人の問題ですね。
未成年ならまだしもいい大人なのですから、責任の所在は個人にあるということは誰にでもわかる話です。
別に任命権を行使して息子に任命したわけじゃありませんし、任命責任もありませんよ。
たとえばこれを隠ぺいしたとか、もみ消したとなれば問題になりますけど、
「総務省で適切に対応すると思う。」という言葉が本心であるならばそれなりの処罰が下されておしまいですから、何も問題がありません。
とはいえ、接待を受ける側の責任は問われてもする側の責任はどうでしょうね。
国家公務員倫理規定はあくまで国家公務員の禁止事項を定めた法律に過ぎませんから、民間のやることにどうこう言うものではないはずです。
したがって本当に「菅総理の息子」と言いたいだけのどうでもいい記事なんですね。
おっと失敬。
国家公務員倫理規程違反は立派な犯罪ですから、どうでも良くないですね。
該当の”職員”には法に乗っ取って適切な処分が下されることを望みます。
さあ、低レベルな記事どんどんいきましょう。
やっぱりこの手の記事にスポーツ新聞さんは外せませんよね。
まあ娯楽誌ですから仕方ないですけど。
もうね。メディアがしょうもない民衆のたわごとを拾って拡散してどうするんでしょう。
現金給付って、財源は税金ですよね?
そう何度も給付することに意味があるとは思えません。
それから、コロナのせいで生活に困ってる人って一部の産業の人だと思いますし、
そういった方々にはそれなりの支援があったりするんです。
ただ前回の給付で味をしめて、政府にたかろうとしているだけですよね。
でもその財源って先ほど言いましたが税金なんですよ。
こういう意見があることは事実ですし、取り上げるなとはいいません。
でも、そうでない意見やモノの見方を取り上げずにこんな記事を作るのがメディアの仕事とは思いませんよ。
はい。これ。
世界メディアあぜん・・・ですって。
豪州ニュースサイトニュースドットコムau、インドネシア放送局CNBCとか、どうやって拾ってきたのかわからんレベルですよ。
自分たちが報じたい論調に沿ったものだけを拾ってきて、さも多勢の雰囲気のように報じる姿勢・・・。
これはもう詐欺や詭弁といった類のものです。
前にも書きましたが、ニュース記事というのは一つの論文だと思わなければいけません。
自分に都合のいいデータだけを拾ってきて結論を誘導するのは論文の体をなしていませんから、紙屑同然です。
たまにこういった紙屑記事に記者の署名があったりしますけど、
私だったら恥ずかしくて世界中に公開なんてできませんがね。
これはどうでしょう。
ちょっと失言気味かなと思います。
が、内容的には特段女性蔑視と言い切れる内容ではないですよね。
「競争意識が強い」という発言をどう捉えるかによって変わります。
ただ、むやみに”女性”をカテゴライズするのは、今の時代許されることではありませんから、ちょっと慎重さに欠ける発言なのだと思います。
という程度の記事に女性が食いつきそうな煽りタイトルをつけるのがメディアの仕事です。
簡単そうでいいですね。ごくろうさまです。
あ~、こうやって私みたいに釣られるからいけないんですね。反省します。
でも読んでみないと内容がわからないから、どうしましょう。
以下、落書き。
あ、あなた・・・会議を長引かせそうなお人ですよね、まさしく。
落書きここまで。
とまあ、今日はこんなところでしょうか。
ついでにいけない国民のニュースでも拾ってみますか。
ああ、なんかもう・・・
私、今まで生きてきて確信があるのですが、
なにをどうやっても分かり合えない層の人種って確実に存在するのですよ。
同じ言葉を話しているのに会話が成立しないような人たち。
こちらが「人間として最低限わきまえているであろう」と考える前提をことごとく打ち壊す人たち。
こういう人たちのことをどう扱ったらいいか、いまだにわかりません。
批判したって聞く耳は持たないでしょうし、説得に応じるとも思えません。
このような存在がいつだって我々に絶望をもたらします。
平和や共存、秩序なんて人間にはどだい無理なんだな・・・そういう気持ちにさせます。
少しでもこういった輩が減るような社会システムを作らなければいけませんね。
それでも取りこぼしは免れないでしょうけど。
それから、ミャンマーがきな臭いことになってますが、その記事のコメントにもいけない国民がある程度いました。
(もしかしたら某国のコメント部隊かもしれませんけど。)
まず、アメリカが非難声明を出したという記事には、「日本も見習えよ。」というコメントがいくらかついていましたが、
日本は1日の段階できちんと懸念を表明しています。
G7のメンバーとしてもきちんと声明を出しています。
まとまっていないのは安保理で、いつもの中国とロシアのせいですね。
なぜきちんと調べもしないでコメントするのでしょう。
調べれば情報はいくらでも転がっている世の中ですから、ニュースを受け取ることに頼り切っていないで自分からもらいに行きましょうよ。
※クーデター認定もちゃんとしてますよ。
それから、クーデターの記事そのものには、スーチーさんへの誹謗中傷も少なからずありました。
主にロヒンギャの保護に対する姿勢が消極的であることを取り上げて”偽善”と叩くものが多かった感じですが、
スーチーさんが作り上げ、目指したものは民主化ですよ?
民主的な為政者であればこそ、民意を無視した強権は発動できないというもの。
現実問題として性急に事を進めて民心が離れてしまったら本末転倒です。
その微妙なかじ取りをしなければならないのが民主主国家の政治家なのですから、
一朝一夕で成果を出せと言っても無理な話なのです。
正直なところ、軍部のクーデターという蛮行を支持する日本人がそこそこいることに驚きました。
まあ、先ほど書いたように某国のコメント部隊がうじゃうじゃいるという噂ですし、
仮に全国でたった10人でも、ネットに張り付いてコメントしまくれば大勢に見せることも可能ですから、
あまり参考にしても仕方ないのがネットの世界なのでしょうが・・・。
それから、アメリカ大統領選挙絡みでもひとつ。
バイデン氏が正式に就任したわけですが、それからいくらか政策が見えてくるようになりました。
意外と前政権の全否定ではなく是々非々で対応しているな、という印象なのですが、
(これがアメリカの二大政党制のすごいところかもしれませんね。)
未だにバイデン氏を全否定して、あることないことを喧伝している人たちが一定数いますね。
この方々はもう”バイデン氏を否定すること、トランプ氏を応援すること”が目的と化してしまって、
自分でもなにをやっているかわかっていないのだと思います。
(たとえばミャンマーへの批難の記事に、「お前こそ不正選挙で当選しただろ、バイデン。」と書き込むような人たちです。)
我々日本国民にとって大事なのは、我が国の国益です。
そして、今のところは大きく我が国の国益を損ねる決定をバイデン氏がしたという報道は見られません。
これからのことはわかりませんが、現時点では我々日本人がバイデン氏を拒む”明確な”理由はありません。
本当に選挙に不正があったというならもちろん問題ですが、それが証明されない以上は状況を注視するに留めるのが当たり前です。
それを、記事に「バイデン」という単語があれば反射的に批判や口撃をするというのは、些か知性に欠けるやり方ですよね。
そして誤解を恐れずに極論を言ってしまえば、
もし不正選挙で当選したことが事実だったとしても、
国益に適う政権なら黙認するというのは国際政治では当然のことです。
それがいいか悪いかは別として、国際社会で生き抜くというのはそういうものです。
ですから、我々が今すべきことはバイデン氏が何をしようとするのかを冷静に見定めることであって、
やること為すことにケチをつけて罵ることでは決してありません。
その点、どうかご理解の上、ニュースに触れるようにお願いしたいところ。
結局のところ、人間の感情は非論理的にできているものです。
なにか感情が沸き起こったときは、それがどこからやってきたのか、なぜそうなるのかを、
一度立ち止まって自問自答してみましょう。
論理のない意見表明は「感想文」、「誹謗中傷」、「罵詈雑言」ですよ。
端的に言って人間的な社会には不要です。
もちろん論理のない会話も楽しいものですが・・・
そういうのは仲間内でやりましょう。公の場には相応しくないですね。