本日の話題~慰安婦報道訴訟~
本日の話題~慰安婦報道訴訟~
おはようございます!
新型コロナ第三波がきてますね~。
経済活動を再開すると、どうしても仕方のないことなんですが、
こればっかりは経済を放っておくわけにはいきませんからね。
国民の健康は大事ですが、経済が悪けりゃ健康もクソもなくなるのが資本主義ですから、
うまくバランスをとって乗り切るしかないのです。
こういう非常時にこそ人間性が現れますから、ストレスのはけ口を求めて
どこかにまき散らすようなことはしないように気をつけなきゃですね。
ロイターさんの記事ですが・・・
これがヤフーニュースにあがっていて、コメントが4500超もついていました。
で、政府を批判するものが非常に多いのですよね。
でもこれ、結局なにやっても文句つける人っているのですよ。
「義務です。」と言えば「強制するな!」と言うし、
「許可しません。」と言えば「自由を認めろ!」と言うし、
「個人の判断で。」と言えば「無責任だ!」となるわけです。
裏を返せば、なんだか政府に期待をしすぎている方が多いのです。
なにかあったらすぐに「政府が何とかしろ!」とか「政府の怠慢だ!」とかね。
政府が国民のすべてを面倒見るようになったら財源なんかいくらあっても足りません。
国民と言うのはそれぞれが主権を持った尊重されるべき一個人なわけです。
自分の足で立って、自分の足で歩くのが基本なんです。
でも、広い社会の前に個人でできることには限界があります。
だから、自分で歩くためのサポートをしてくれるのが政府です。
国民が歩かなくていいように奴隷のように何でもするのが政府ではありません。
今回、政府は八方手を尽くしてワクチンの融通の合意を取り付け、
国民が望めばそれを接種できる環境を整えたわけで・・・
それ以上になにができるというのですか?
ワクチンに限らず、難病の治療などの際は今でも医師の説明を受け、リスクを理解したうえで、
最終的には患者が投薬の決断を下すようになっているはずです。
それと何が違うのでしょう?
手放しで褒めることのできない政府ではありますが、ワクチンの手配に関しては結構頑張ってくれたのだと思います。
あとは国民一人一人が、自身の環境や状況を鑑みて、自分で決めるしかありません。
もしそれが「接種しろ。」という同調圧力に負けた結果だとしても、最後に決めたのは自分なのです。
嫌なら接種しなければいいだけ。
主権のある人間なら、自分のことは自分で責任もって決めましょう。
とまあ、新型コロナの話をしなきゃいけないくらい、報道が新型コロナ一色ですね。
正直なところ、自分で対策を徹底する以外にできることってなにもないので、
読み物としてはおもしろくないです。
そんな中で目を引いたのがこちら。
おやや?
朝日新聞さん最近どうしたんでしょう?
素直に記事にするなんてえらい!
でも、これ要注意です。
これは「ねつ造だ!」という批判が「名誉棄損であるが諸々の理由で免責される。」ということが確定しただけなのです。
これは「公共・公益性」とか「言論の自由」に基づく判断ですから、
ねつ造が事実として確定したわけではないですよ。
批判の内容が事実か如何に関わらず、批判されても仕方がない状況は認められるので、被告は賠償責任を負わないということです。
逆に言えば、「ねつ造だ!」という記事に対して、原告側が「『ねつ造だ!』は根拠のない誹謗中傷だ!」と批判する根拠を示せなかったということでもあります。
根拠のない批判や、罵詈雑言による誹謗中傷はもちろんいけませんが、
ある程度根拠を示したうえで批評することは認められて然るべきことです。
なぜなら、そうしないと「議論」というものが成り立たないからですね。
それに、公益性の高い問題について「議論を提起する」ことはとても大切です。
節度のある自由な議論によって国民の合意や理解を深めていかなくては、
今日より明日を良くしていくことなんてできません。
だから、裁判所としてはこう判断するしかないといったところでしょう。
ただ、こういう記事に反射的に反応してしまったらいけません。
常に誰かを批判したいとか、悪者にしたいとか考えていると、こういう記事に飛びついてしまうのです。
自分の中で「絶対悪」が定まっていて、すべてを歪めてでも自分が「気持ちいい」ように世界を認識してしまう。
これは、右派左派に関係なく愚かな人間のすることです。
そういう自分の心の癖を認識して、常に冷静でありたいと自戒しなければ正しい議論はできません。
一昔前は、情報というのはただ流れてくるだけで、見える世界がすべてでした。
隠されたものに光は当たらず、水増しされたものが大きく見える、それが当たり前でした。
でも、いまはどうでしょう。
個人、団体に関わらず、多種多様な情報、言説、物の見方が、少し調べただけで膨大に見つかります。
これは恵まれたことです。
裏を返せば、批判のための批判、擁護のための擁護・・・そんなものは見透かされてしまうのが今の世の中です。
ですから、真実に重きをおきましょう。
自分が信じたいことではなく、あるがままの真実を信奉しましょう。
すべての情報に冷静に向き合いましょう。